デス・オーバチュア
第199話「闇風の怪物」



ヴァナルガントの崩壊領域のシールドごとセルを噛み砕いたかと思うと、紫黒の双龍は派手に爆散した。
「……ふう、そろそろ辛いか……でも、まだ休ませてはくれなさそうね」
背中から光龍(光翼)失ったアンブレラは、日傘を差してそのまま宙に留まって(浮いて)いる。
「……ええ、まだまだこれからですよ」
双龍の爆発が完全に晴れると、黒い気流を周囲に纏ったセルが姿を現した。
セルの両目は開かれており、翠玉の宝石のような輝きを放っている。
「以前は『瞳』を開くことなくあなたに敗れた……だが、今回は違います……見せて差し上げましょう、あなたの知らない風の魔王の真の力をっ!」
「黒い風……そんな微風のような弱々しい風で双龍の牙に抗えたということは……その風はおそらく……ん?」
突然、セルの姿がアンブレラの視界から消えた。
「ええ、あなたの推察通りですよ」
アンブレラの背後にセルが出現する。
「至軽風(Light air)」
微かに揺らぐような黒風を纏った左手が背中に触れた瞬間、アンブレラは凄まじい速度で地上へと叩きつけられた。
「……やはり……暗黒風(あんこくふう)か……」
アンブレラはゆっくりと立ち上がる。
「ええ、魔界の風……暗黒風……私は瞳を開いた全開状態の時だけこの力を自在に扱うことができるのですよ。ちなみに、今のは最弱の風力です」
セルは風に乗るようにして宙に浮かび、地上のアンブレラを見下していた。
「フフフッ、目を開けた以上、もうこれはいらないのね?」
アンブレラは、自らの傍に突き立っていた巨大な音叉……ヴァナルガントを右手で掴むなり引き抜く。
「フッ!」
そして、一瞬握る手に強く力を込めたかと思うと、上空のセルへと投げつけた。
「軽風(Light breeze)!」
セルは、高速で飛来するヴァナルガントに右手を突き出すと、軽く手首を返す。
たったそれだけで、ヴァナルガントはセルに触れることもなく、地上へと吹き飛ばされた。
「ふん……」
アンブレラは、的確に自分に向かって飛んできたヴァナルガントを、左手に持っていた畳んだ日傘で打ち落とす。
ヴァナルガントは地表の一部を『消去』させた後、寂しげに地を転がった。
「なんなら、あなたが使ってくれてもいいですよ。さっきの投擲の時の要領でエナジーを込めるだけで使えますので……」
セルは口元に意地悪げな微笑を浮かべる。
「いらないわ……とりあえずは、コレで充分だから」
アンブレラは左手に持った日傘で右掌をポンポンと叩いた。
「では、その可愛らしい傘で見事受けきって見せてください……我が暗黒風の十三階級にどこまで耐えられるのかをね!」
「以外と嫌みな性格ね……わざと最弱から順番に風力を上げていくなんて……」
日傘を開きながら、呆れたように呟く。
「では、二段程飛ばしますか……疾風(Fresh breeze)!」
セルが右手を振り下ろすと、黒い疾風が空を駆けた。
アンブレラは突きだした日傘にエナジーシールドを張って、黒い疾風を弾く。
「強風(Near gale)!」
セルが左手を突きだした瞬間生まれた黒い強風が、エナジーシールドを張った日傘ごとアンブレラを後方に吹き飛ばした。
「……っと」
吹き飛んでいくアンブレラは日傘の先端を大地に突き立てる。
数百メートル程大地に深い溝を刻んで、アンブレラは止まった。
「……危なくお姫様や坊やのような失態を……」
「大強風(Strong gale)!」
アンブレラの上空に待ち構えていたセルが両手を突き出すと、凄まじい黒い爆風が地上に叩きつけられる。
「第九風『大強風(Strong gale)』……第零風である平穏(Calm)を含めた場合の十段目か……流石にもう受けてられないわね……」
地上ごと吹き飛んだはずのアンブレラが、セルより上空に日傘を差して浮いていた。
「ん?……なぜ、暗黒風の十三階級をそこまで知っているのですか?」
かわされたことよりもそのことが疑問といった感じで、セルは攻撃の手を止めて尋ねる。
「さあね……無駄知識というやつじゃない?」
そう言って、アンブレラは悪戯っぽく微笑んだ。
「はぐらかす気ですか……いいでしょう、もうチマチマと風力を上げていくのはやめです……最大風力で跡形もなく消し飛ばして差し上げましょう!」
セルは両手を上空のアンブレラへと突き出す。
「颱風(Hurricane)!」
直後、直径千キロメートルほどの黒い渦巻が空を埋め尽くした。



「なっ……そんな馬鹿なことが……」
黒い竜巻が消滅すると、何事もなかったように同じ場所にアンブレラが浮いている。
セルが驚いたのはアンブレラが無傷で健在なことよりも、彼女の右手に漆黒の風が渦巻いていたことだった。
「なぜ、あなたが暗黒風を使えるのですか!?」
「暗黒風だけじゃないわ。暗黒炎(あんこくえん)、暗黒水(あんこくすい)、暗黒土(あんこくど)……魔界の四元素、四精霊の全てを私は使えるわ……この程度の基本レベルでいいのならね」
アンブレラが軽く右手を振ると、漆黒の渦は消失する。
「馬鹿なっ! 四つの暗黒を極めた者は魔族多しとはいえ魔眼皇唯一人のはずっ!」
「時代は変わるのよ……たかが暗黒風だけを操れるぐらいで優越感を持てる貴方が羨ましいわ……」
アンブレラは明らかにセルを小馬鹿にした感じだった。
「くっ……」
「まさか、ただ風を吹かすだけの『基本』しかできないわけではないでしょう? 『技』の一つも見せて欲しいのだけど……」
「……安い挑発ですが乗ってあげましょう……オオオオオオオオオオオオオオオッ!」
セルの周囲を暗黒の風が渦巻いていく。
「魔狼(まろう)……」
両手が獣の牙のような形をとった。
「暗黒(あんこく)……
暗黒の風が、左右の牙へと集束されていく。
「風雅掌(ふうがしょう)!」
セルが右の牙(掌)を突きだした瞬間、巨大な漆黒の狼の貌が解き放たれ、アンブレラへと牙を向いた。
「なるほど、風雅と風牙をかけているのね……」
巨大な狼貌はアンブレラを一呑みにしようと口を広げる。
「我が魔狼の糧となれっ!」」
暗黒の魔狼はあっさりとアンブレラを呑み込んだ。
「……こうまで呆気な……い?」
魔狼の背中から、黒い輝きを放つ刃が生えている。
黒い刃は魔狼の背を走り、魔狼を真っ二つに引き裂いた。
「日に二度も召喚することになるとは……酷使してごめんなさいね、四暗刻……」
引き裂かれた暗黒の魔狼の中から、魔皇剣・四暗刻を天にかざしたアンブレラが姿を現す。
「魔皇……」
四暗刻を持つ右手だけに、暗黒の風が激しく渦巻いていく。
柄に埋め込まれた黒金剛石は翠玉のように輝き、刀身には緑色の模様が浮かび上がっていた。
「暗黒風(あんこくふう)!」
巨大な暗黒の風の刃が、振り下ろされた四暗刻の剣先から解き放たれる。
暗黒風の刃は、ギガ・グラビトロン並のサイズをしていた。
「魔狼の牙は一つじゃないっ!」
セルは左の牙(掌)を突きだす。
二匹目の暗黒の魔狼は、正面から暗黒風の刃に噛みついた。
次の瞬間、凄まじい暗黒の大爆発が巻き起こる。
セルとアンブレラは互いに反対方向に派手に吹き飛ばされていた。
「……っ、くっ……」
アンブレラの右手から、四暗刻がこぼれ落ちる。
彼女の右手はズタズタに切り刻まれて、黒い血で穢れていた。
「最弱の技でこの様とは……」
アンブレラの手からこぼれ落ちた四暗刻は、地上に到達する前に、手品のようにこの世界から消失する。
「やはり、ひとつの属性すら完全に極めていない身で、二属性を使い分けるのは無理が……」
「まだまだいきますよ!」
「なっ!?」
反対方向に吹き飛んだはずのセルが、いつの間にか空を駆けてアンブレラへと迫っていた。
「来たれ、真なる暗黒の颱風……最強の闇の風精……全ての風の父よ……」
セルの体中から暗黒の風が吹き出し、これまでになく激しく荒れ狂う。
「百龍大蛇饗(ひゃくりゅうだいじゃきょう)!」
解き放たれた暗黒の風が巨大な怪物を形作った。
百の龍の首を生やし、翼を持つ巨人の胴体、下半身はとぐろを巻く大蛇。
この世でもっとも化物、怪物という言葉が相応しい暗黒風の精霊は、百の龍頭で一斉にアンブレラに襲いかかった。
「百の龍を持つ毒蛇(テュポエウス)……なるほど、それが暗黒風の最上級の精霊ね……仕方ない使うか……来い、我が半身! 闇喰いの屍姫ニルヴァーナ(日瑠華)!」
アンブレラが左手を横に伸ばすと、空に描かれた紫黒の魔法陣の中から、一振りの巨大な『杖』が出現する。
それは、セルのヴァナルガント以上に杖と呼んでいいのか悩む形状をしていた。
闇色の巨杖は、上下の先端がスパナか、蟹の鋏のような形をしているのである。
「ニルヴァーナよ、闇(我)を喰らいて汝の牙となせっ!」
アンブレラが闇の巨杖を握った瞬間、開かれた両の鋏から光輝が爆発的に噴き出し光刃と化した。
セイルロットのセイバーなどの光刃が棒なら、闇の巨杖の光刃はまるで柱、それ程までに巨大で高出力な光輝の刃である。
「涅槃寂静(ねはんじゃくじょう)」
アンブレラは光刃の巨杖のただ一振りで、醜悪なる風の毒蛇(テュポエウス)を一掃(完全消去)した。
「なっ、なっ……」
あまりの予想外の出来事にセルは言葉も出ない。
「そう言えば、以前は貴方にコレを見せなかったわね……私にコレを使わせた分、貴方もあの時より成長したということかしら? まあ、、ゼノンと戦う前ならきっと四暗刻で充分だったでしょうけど……フフフッ、やっぱり、まだ借り物の域を出ない最強の魔剣よりも、使い慣れた愛用の武器の方が良いものね」
「……それがあなたの専用武器?……闇の申し子である光喰いが『光』の力を使う?……そんなことが……」
セルにはとても信じられなかった。
闇の申し子、闇の根元、もっとも深き闇の魔族であるアンブレラが、異端の光の魔族であるルーファスと互角、あるいは凌駕する程の光を行使するという事実が……。
「ニルヴァーナは、私が滅ぼした数億の闇喰いの屍から作った魔杖……闇である我を喰らいて光の刃を生み出す……」
「数億の闇喰い!?」
「そして、数億の光喰いを一閃で滅ぼした最強の光の剣でもある……」
「光喰いをも滅ぼした!? まさか、遙か太古から延々と続いていた光喰いと闇喰いの争いが突然終結したのは……両方の種族が滅びたのは……」
「ふん、魔界の歴史を全て知る者とはいえ……歴史の『真実』までは知らないのね……」
アンブレラは口元にセルを嘲笑うかのような微笑を浮かべる。
「ええ、そうよ、私がやったのよ。宿敵である闇喰いを一人で滅ぼし、返す刃で自らの種族である光喰いを滅ぼした……それが光と闇の古代魔族が魔界から消え去った真相……闇喰いは一匹残らず、光喰いは私とあの子のたった二人しかこの世に残っていない……実質どちらの種族もあの時滅んだのよ」
そう言って、とても楽しげに微笑した。
「なぜ、自分の種族を滅ばし……いえ、なぜ貴方はそんな楽しげに語れるのですか? 私にはあなたが理解できません……」
「汝如きに理解してもらうつもりもないわっ!」
アンブレラが闇色の巨杖……今は光輝の両斬刀と化したニルヴァーナを一振りすると、先端から光輝が爆流のように撃ち出される。
「くっ……」
セルは暗黒の風を己が前面に上昇流のように吹き上がらせ暗黒の『障壁』を生み出すが、光輝の爆流は容易く障壁を撃ち抜き、セルを呑み込んだ。
光輝の爆流はそのまま地上へと迫る。
『我、魔を断つ剣とならん!』
突然地上から発生した巨大な光刃が、光輝の爆流を空の彼方へと打ち返した。
「馬鹿ですか、貴方は……そんな一撃を地上に向けて撃つなど……正気を疑いますわね……」
巨大な光刃が消えると、代わりに地上に一人の女の姿が見えてくる。
ゴシックロリータなファッションの黒髪の女……Dだった。
「……ああ、ごめんなさいね。いつの間にか、プライベートワールドの中で戦っているつもりになっていたわ……フフフッ……」
アンブレラは素直に謝罪するが、本気で悪いと思っているようにはとても見えない。
別に、Dが割り込まないで、大陸が吹き飛んでいたとしても、それはそれで別に構わない……といった感じだった。
「それより、少し長居をし過ぎたみたいね……まさか、戻ってこられてしまうとは……ところで、そろそろ飽きたというか、疲れたというか……帰りたいんだけど、駄目かしら?」
アンブレラは地上……Dの眼前に降り立つと、悪戯っぽく微笑う。
「……ombra……」
「んっ……」
Dの呟きに、アンブレラの顔から微笑が消えた。
「ombra……意味は「影」、「幽霊」、「幻」、「招かれざる客」……」
「…………」
アンブレラは感情の消えた無表情でDを見つめる。
「それが貴方の真名でしたよね、アンブラ(影)……いえ、お姉様とでも呼んで欲しいですか?」
「フッ、やっと思い出したの? フィンスタアニス(闇)……愚かな妹よ」
闇と影の姉妹は同時に口元に苦笑を浮かべた。










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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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